苛められっ子だった俺がぼっちになった話・・・

スペック
俺 18歳 ブサメン、4月から大学生
幼稚園の話から書いていく


幼稚園
頭も悪く泣き虫、そして顔も壊滅的だった俺は早速幼稚園で最下層となる
幼稚園の制服でイギリス植民地軍みたいな形のゴム紐の帽子があった
そして幼稚園バスでの登校である
あれを隣の幼稚園児DQNに引っ張って顔にビターン!とやられるのから俺の朝は始まった


そして幼稚園に着く
バスから降り立ち、大地を踏みしめた途端に涙があふれてくる
グスタフ王かお前は
教室に着くと早々、まず後ろの席のデブに張り手をされる
そしてコンパスを刺される
幼稚園児のとき既に「苛められっ子はかっこ悪い!」とか思っていた俺は
それが単なるふざけあいだと思っていた
休み時間、遊び相手がいなくて暇なので一人でジャングルジムに挑戦
ジャングルジムのてっぺんから蹴落とされる
『お前登るの禁止な』
そして口に砂を詰めこまれ、泣きながらお話部屋に引っ込む
授業中もだいたいそんな感じ


当時子ども会とかスポーツクラブというものに俺は属していた
弁当は一人で食べる、ピラフがうまい
そしてスポーツクラブの途中偶然をよそおって足蹴にされる
子ども会には参加するものの遊び相手がいない
遊ぼうとして集団に近づくとこちらを見てギャハハとか言いながら逃げていく
立ち尽くしていると後ろから蹴り倒される
そして泣きながら家に帰るというのが俺の幼稚園時代だった
参加しないという選択肢はバカだから存在しなかった
そして友達がいないまま小学校に上がる


小学校はさらに地獄だった
まず拘束時間が長い
8時に登校して14時に帰るからだ
幼稚園の頃とクラスメイトが違うから大丈夫かな・・・とか思ってたが現実は甘くない
友達がいなかった俺は人にどうやって話しかけたらいいか分からなかった
そして友達が出来ない
運動も出来ない俺はクラスの格好の苛め相手となるのだった
公文のおかげでテストは100点しか取らなかったけど
まあ公文でも苛められて苦悶の時間を過ごした訳だが


グスタフ王ワロタ


とか言ってよ誰か
寂しいじゃない


二年生に上がる
親の方針でゲームもカードもアニメもダメだった俺は救世主を手に入れる
漫画とパソコンである
漫画はカービィとマツイくんが好きだった
パソコンでFLASHまとめサイトとスーパー正男を何度も往復した
丁度FLASH全盛期だったのは幸運だった
そして俺の一日は学校で苛められた後真っ直ぐに帰宅してパソコンにかじりつくという物になっていった
友達もおらず運動も出来ない根暗ぼっちの出来上がりである
受け答えもはっきりしないので先生にも嫌われた


まあそんな感じで給食のカレーぶちまけた事件を俺のせいにされたり
俺の描いた絵をビリビリに引きさかれたり
トイレ掃除のとき排水を頭からぶちまけられたりする日々を過ごす
その間俺の支えになったのはネットと小3からはまった軍事、そして野球中継だった
小5から受験をして中高一貫校に入る
親族が喜んでくれたのは嬉しかった
小6ですこし待遇がまともになったと思いきや卒業式練習の頃から苛められ、卒業式でも苛められた
そして卒業式後に家に直帰しようとしている途中厨房二人組に絡まれてボコボコにされる
その後2週間ぐらい引きこもってネットやってた
有難い事にダンシングおにぎりとか暇を潰すにはもってこいの時期だったのだ
小4くらいに見始めた2chのAA長編にこのころドはまりする
世界制服をたくらむモララーとかマターリ銭湯とかどうなったんだろうな
初めて書き込んだのは確かシベリア板のAAキャラクターが料理するスレだった


そのあと中学に上がる
いきなり自己紹介ですべる俺
前日『面白いこと言おう・・・人生を変えよう・・・』とか眠れずに考えていたが出て来た言葉は
「よろ・・・ウィック、ししし、くッ・・・オネシャスコポォプヒィ」
みたいなもんだった
そして早速クラスのDQNどもに目を付けられる
女子には何故か毛嫌いされる、まあ外見のせいだけど


そして俺は友達の作り方も分からなければコミュニケーションも取れない
下校時も一人で帰る
そして四月も中盤になった頃
俺はぼっちになっていた
これでは話が終わってしまう
しかしご安心なく、俺はやっぱり苛められていた
流れでサッカー部に入部したが俺は運動が出来ない
しかも常に俯きがちで態度もはっきりせず、話していても面白くない
要はキモかった
そしてサッカー部にはクラスのDQNが沢山在籍していた
そうなるのは自然の摂理ともいえる


毎朝教室に行くと机が倒されている
そして泥だらけ
その泥を払い落として着席すると、デブがおもむろに近づいてきて、俺の襟首を掴んで立たせる
『お前どうして生きてるの?』
さて、涙目になりながら制服を直して着席すると、後ろから消しゴムが飛んでくる
次はシャーペンによる近接攻撃が来る
それを耐え抜くと次は休み時間である
例のデブとワックスつけた奴らがニヤニヤ笑いながら寄って来て俺を取り囲む
そして殴られる、俺が泣き出す
泣き出すとDQNどもは奇声を上げて脚を繰り出す
そんなこんなで授業を終え、部室へと向かう
部室ではニヤニヤ笑った例のデブが待ち構えている
俺を取り囲む面子はワックスから丸刈り眉削りになる
かばんを滅茶苦茶にされ、泣きながらグラウンドに行くと遅刻している
優しい先輩や監督からも怒られ、悔しくて泣き出すと『泣いたら許されるとでも思ってるのか!』と怒られる
まあこれが一ヶ月毎日続けば嘘泣きだと思うわな


合宿でもこんな感じで結局部活は俺の安全地帯ではなかった
売店に行くとき部屋のみんなは一緒に行くのに俺だけ置いてかれる
洗濯機を一緒にやる相手がいないので洗えない
泣く泣く俺は最終日まで雨と汗と泥に塗れた練習着を着続けた
さて、学校生活は順調だった
部活と休み時間に苛められる
そのストレスで成績が悪いので先生に怒られる
休み時間は安全でないので授業中に居眠りする
先生に怒られる
先生からの信頼をされに失う
俺はバカだったので妙なプライドがあり、苛めの事は報告しなかった


ここでも俺の支えとなったものがあった
もなちゃとというものが当時流行っていたのでそれをやっていた訳だ
ネットでの友達も出来た
ある日突然ログインしなくなって縁が途切れたが
その後はもっぱらパソコンで遊んだ
叔父からもらったいわゆるゲーミングパソコンである
エンパイアアースとかシムシティとかやってた
CODは4までPCでやった
そしてパソコン以外の趣味も出来た
小学校から続く軍事と、中学から始めたアニメである
うたわれが確か始めて見たアニメだったと思う
軍事はありがちな第二次大戦時のドイツ軍から入り、その後ヴィシーフランス軍にはまった
微妙に厨二病が出ていたので図書館でドヤ顔で借りたペタン関係の本をいくつか読んだ
ポーズなので内容はほとんど覚えてない


ぼっちで苛められていた俺は本を読んでいくうちに悟った
3年の5月に差し掛かった頃だ、もっと早く気づけ
「どうせこのままだし無駄なあがきはやめよう」
そして俺はまず出来るだけ嫌な事を少なくするようにした
まず学校に授業開始20分前に行く事をやめた
むしろ遅刻してもいい矢ぐらいの気持ちで授業開始ぎりぎりに登校した
途中で時間を潰すために駅のベンチで本を読むか寝た
そして休み時間になれば図書室に駆け込んだ
時々DQNが待ち構えている時があるので、そういう時はわざと先生の視界の前をゆっくり歩いた
こうすればDQNは手出しできない
そして図書室に無事駆け込めれば成功だ
図書室には司書のお姉さんがいるのでDQNどもは暴れられない
図書室には何人かの同胞がいた、「ああ、こいつは・・・」と親近感を感じる
デブにメガネ、ブサメン、俺も有難く仲間入りをした
そしてドヤ顔でカバンからサッと本を取り出し無言で読み、休み時間が終わればサッと仕舞うのは楽しかった


そして最後の難関は部活だった
俺はまず両親に土下座し、退部の了承を取った
その後顧問のところへ行き、一方的に退部届けを押し付けた
怖かったが、頭の中で”Scotland the Brave”を流し、バグパイプ持った髭もじゃのおっさんが突撃する妄想をしていたら大丈夫だった
ブレイブハートの影響ですハイ
顧問は怒っていたが、「もうサッカーはしたくないです」と言って逃げた
廊下の途中で出くわしたOB(コーチとして手伝いに来てる)に満面の笑みで
「今までありがとうございました!」と頭を下げた
この数年で一番いい気分だった
ちなみに俺がサッカーが苦手になったのは本当で、日本人以外で知っているサッカー選手は
アマガミで知ったプジョル、そして名前繋がりで知ったマルクスしかいない
ニヤケ面のまま電車に乗って家に帰り、普段は買わないコーラで一服してからパソコンをつけた
テンションが上がったので徹夜でM2TWをした
トミーをドーバー海峡に蹴落としたときは泣いた


身の回りを何とかした俺は次に自分を何とかしようと思った
俺が逃げ回っている間にDQNどもは飽きて外で遊び始めていた
しかしこのままではいずれ再発するだろうと思った俺は考えた
女子に話しかけるとキモいと言われ、男子はこっちを見て笑いながら逃げていく
ならばこっちも関わらないようにすればいいんじゃないか?
当時セオドア・ルーズベルトの孤立主義の話を読んで厨二センサーを発動させた俺はそう考えた
まず俺は教室を第一次大戦時の国際社会に置き換える妄想をした
あのDQNはイギリス、腰ぎんちゃくは植民地だと思おう
そしてあのリア充はプロイセン、俺はどっか南米の端っこの方の小国だと思おう
厨房の俺は本気でそんな事を考えていた


めでたく孤立主義者となった俺は、勤めて業務的な態度を心がけた
「うん」と「いや」ぐらいしか言わなかった週もある
俺の席を女子や男子が選挙していたときは、「寝るからどいて」と言った
三年も終盤に差し掛かり、修学旅行の時期となった
行きたくないが親は行かせるだろう
幸い余り物グループがあったために俺はそこに入った
旅館でリア充が女子の部屋に夜襲をかけていた時、バスで一人で座っていた時、俺は本を読んだ
見回りの先生に発見されてたのには笑った。八木レーダー使えよ
カラオケでデブスが素敵な歌声を披露していた時は頭の中でヘイスティングスをやっていた
島田豊作とクルトマイヤーの回顧録を読破できたすばらしい修学旅行だった


段々とぼっち生活が充実してきた頃、俺は新しい趣味を手に入れた
軍事パレードを見る事だ
もともと大量の兵士が行進していくサマを見るのは好きだったが、人民解放軍のパレードでそれに火が着いた
youtubeで「soviet parade」とか「china people’s army」とか検索をかけてお気に入りにぶち込むのが週末の過ごし方となった
ついでに軍歌にもはまった
最近メイデンがどうとかいうアニメでカチューシャが歌われたそうだ。嬉しい
多分これにはまったのは厨二病の「圧倒的な力へのあこがれ」と「連帯感への憧れ」だったのではないかと思う
ロードオブザリングの合戦シーンなんて何度リピートしたか


そして俺は卒業した
卒業式が終わると俺は一目散に帰り、そしていつもの如くパソコンを起動した
それからhoiをして寝た
これが俺の中学時代のすべてである
多分後半のあれがなかったら俺は立ち直れなかっただろう
厨房時代の相棒である叔父のお古パソコンは未だに捨てられない
時々起動して少し古めのゲームをやるのはこのパソコンへの義務だと思っている
この前で何度もシコったし何度も動画を見たし何度も「ふざけんなこの野郎!」と叫んだ
相棒よ永遠なれ!


お前面白いな。
学者か物書きになれよ。


ダンケ!
俺はエスカレータ式に高校に上がった
クラスメートには・・・昔のDQNは居なかった
これもかなり幸運だったと思う
俺はこのクラスでは最初から慎重に行く事に決めた
自分から話しかける事はあまりしない、趣味の話は控える、こんな感じだ
そしてある程度みんなの人格が分かってきたら徐々に自分の話をするようにした
それと「ありがとう」と「おはよう」は勇気を出して毎回言った
「おはよう」を言うときには背後に槍を突き出したフサール(ポーランド装飾騎兵)が構えている妄想をした
心配そうな顔で「閣下は我々がお守りします」とか言っている妄想だ
女子にはキモがられる危険性があるので「ありがとう」のみにし、近づくことさえ避けた
しかしこの「ありがとう」は実際効果がある
キモがられる事はあっても、「あいつ感じ悪い・・・」にはならないのだ
これによって俺はクラスの中の空気ポジションを獲得した


グスタフ王ワロタ


スパシーバ!
そして次に自分を励ますために妄想を強化した
まず、自分は「○○の将校である」という妄想をする
○○は何でもいい、妄想なのでテンプル騎士団とかでも大丈夫だ
そして自分をサポートしてくれる副官の妄想をする
これは「strong hold」というゲームから得た発想である
この副官が「閣下、ご武運を」とか「閣下、お眠りください」と言ってくれる
俺の場合、髭もじゃのおっさんで次に銀髪美女、ジジイの黄金パターンに落ち着いた
来ている福も気分によって鎧だったりルパシカだったりした
別にタルパを作るとかそっちではなく、単なる妄想だ
これをすると「そうだ、俺には部下達がいる」が
「部下達にいいとこ見せないと」となって、背筋が伸びてくる
そして歩き方も堂々としてくる
これで俺は「同僚に友達は居ないけど部下からは慕われる将校」という妄想になりきった


そんなこんなで3年間を無事に過ごしきり、キョドらずにきちんと話せるようになったからか
教室の中での空気ポジションは磐石となった
昼飯を食べながら本を読み、電車で携帯を弄り、家でパソコンをする三年間だった
教室で話す事はあっても休日に誰かに遊びに誘われる事もなく、彼女も親友もいない三年間だった
しかし今までの暗黒時代に比べればすばらしい日々だったと思う、達成感は何もないが
受験をしてその地方でそこそこいい大学への入学も決まった
正直なところ将来が不安だが、今は大学4年間を何とかしようと思う


そして今に至る
次のレスからは俺の考えた苛められない方法を挙げていこうかと思う
ただしぼっちにしかならんので気をつけてな


1、用心深く
おまえらの周りには様々な落とし穴が潜んでいる
このまま電撃戦をしても、非力なおまえらではすぐに各座してしまうだろう
動けない戦車は集団でなぶり殺しにされるだけだ
つまりおまえらは周りをよく観察するべきだ
必ず二つ以上の派閥が誕生しているはずで、大まかに分ければワックスと運動部だ
これら二つの派閥には近寄るな、近寄るのはキモオタグループにしておけ
ただし深入りするなよ、はまり込むとキモオタに背後からPIATを喰らうハメになるぞ
つまりキモオタはトミーのスパイだ!シャイセ!
最低限の学校生活を送るにはこれくらいで十分だ


2、趣味はさらけ出すな
キモオタグループと仲良くなるにはさらけ出すのが手っ取り早いが、ぼっちになるなら別だ
できるだけさらけ出す事は控えろ、そして適当な趣味を言っておけ
あんまり浮いてるとDQNヤーボの標的になるぞ!降雪地帯で真っ黒なペイントをするようなもんだ!
好きなアニメの話が出ても注意深く、ゆっくり話す事
そしてそのアニメをけなしたりしないこと。けなすのは印象が悪いぞ
こうしておけば「あいつは性格が悪くない奴」となる


3、運動部はやめろ
運動部は運動が出来ない奴と話が面白くない奴は苛められるぞ!
自信がないならやめとけ
3年間過ごした事で達成感は生まれるかもしれないが、苛められながらの部活は苦労じゃない、徒労だ
部活内のいじめがクラスに持ち込まれる事を考えると・・・ゾッとするだろ?


4、寂しいなら本を読め、暇ならスマホでもいじってろ
DQN「話かけんじゃねえよキモい」
リア充「あ!俺くんいたんだ^^」
会話に自信がない状態で無理に話しかけてもボロが出るぞ!しつこいとウザがられるぞ
沈黙は金だ
優秀な兵士はやたら喋ったりしない


なげーよ。
1行で頼む。


自信を持って慎重に逃げろ
5、自信を持て、趣味を持て
無駄な自信さえあれば三年間挫折する事はない
趣味はモチベーションを維持するためだ


6、引くこと覚えろカス
ぶっちゃけクラスメートは天のめぐり合わせだ
どれだけ慎重にしていても標的になる事はありうる
そういう時はさっさと撤退しろ
すべてを守ろうとする者は何も守れないとマンシュタイン御大も言っている
「逃げんなボケ!」と怒る奴はいじめられっ子の心が分かってない
情けなくてもいいから何とかして逃げ延びろ
先生に頼れ、頼れないなら国家権力でもいい、証拠をそろえて突き出してやれ
その勇気がないならさっさと逃げろ、おまえは十分よく戦った


おわり、付き合ってくれてありがとう
苛められてる奴は勇気を持って逃げる事が大切だ
残念ながら苛めは加害者の方が法律によって保護されている
もし自殺しても奴らに一矢報いる事は出来ない
それなら逃走しろ、闘争じゃなくて逃走な
願わくば、おまえらがぼっちライフを安全や幸福と共に過ごさん事を
俺は相棒でSTALKERやってくるわ、じゃあな



面白かった


幼稚園時代の記憶とかほとんど無いな
イジメられてたりとかの特殊な場合は覚えてるもんなん?


やられた方は後々まで覚えてるんだよなあ・・・
その代わりいじめ以外の記憶がほとんどない


乙。
楽しい大学生活を送ってくれ。

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